一橋大学経営管理研究科 ファイナンス研究センター

English
Loading
メンバー

price
金融緩和政策は銀行のリスク・テイクを引き起こすのか?

文責: 安田 行宏


いわゆる世界金融危機の経験を通じて、金融緩和政策が銀行のリスク・テイクに対して直接的に影響を与えるのか否かに関心が高まっている。より具体的には、金融政策による銀行の リスク・アペタイト(risk appetite)に対して影響を与えるチャネルを総称して、金融政策の「リスク・テイクング・チャネル(risk-taking channel)」と呼ぶ。

伝統的な金融政策のチャネルには、金利の低下を通じて借り手企業の資金需要を喚起する金利チャネル(Interest rate channel)、金利の低下による企業の担保価値の向上が企業資金 制約を緩和するバランス・シート・チャネル(Balance sheet channel)などが知られている。これらの伝統的な金融政策のチャネルは企業の資金需要を増加させる経路であるのに対して、 リスク・テイキング・チャネルは銀行の資金供給を増加させる経路である。

金融政策のリスク・テイク・チャネルの存在を実証的に明らかにしようとした論文には、Palgorva and Santos (2016)、Jimenez et al. (2014)、Ioannidou et al. (2015)などがある。 例えば、Palgorva and Santos (2016) では、米国の金融緩和政策(低金利政策)を通じた銀行のリスク・アペタイトの変化が銀行のリスク・テイクを引き起こしているのかを検証している。 より具体的には、米国の過去20年にわたる企業・銀行間の貸出スプレッドの決定要因の検証を通じてリスク・テイクの経路の有無を厳密に分析し、リスク・テイク・チャネルが存在する ことを実証的に明らかにしている。

これらの分析の課題としては、銀行のリスク・アペタイトをどのように測定するかという点にある。例えば、Palgorva and Santos (2016)では、各銀行のリスク・テイクのインセンティブに ついて、SLOOS(Senior Loan Officers Opinion Survey)を使って銀行の融資担当者のリスク・アペタイトを測定している。一方、Jimenez et al. (2014)は、銀行資本などの銀行の 財務データをリスク・アペタイトの代理変数を用いて測定している。



関連キーワード: リスク・テイク・チャネル、リスク・アペタイト、金利チャネル、バランス・シート・チャネル

参考文献:

Jimenez、G. Ongena, S., Peydro, J-L., and Saurina,Jo. 2014. Hazardous times for monetary policy: What do twenty-three million bank loans say about the effects of monetary policy on credit risk-taking? Econometrica 82, 463-505.

Ioannidou, V. Ongena, S. and Peydro J-L. 2015. Monetary policy, risk-taking, and pricing: Evidence from a quasi-natural experiment. Review of Finance 19, 95-144.

Paligorova, T. and Santos, J.A.C. 2016. Monetary policy and bank risk-taking: Evidence from the corporate loan market. Journal of Financial Intermediation, Forthcoming.


 


世界金融危機における国際資本フローの決定要因とは?

文責: 熊本 方雄


Forbes and Warnock(2012)が指摘したように、国際資本フローには、グロスの資本流入が急増する“surge”、グロスの資本流入が急減する“stop”、資本流入が反転しグロス の資本流出が急増する“flight”、および、グロスの資本流出が減少する“retrenchment”の局面がある。世界金融危機では、“surge”局面における急激な資本流入の増大が、 受入国の金融機関のリスク・テイキングを助長し、これが過度な信用拡大や資産価格の上昇をもたらした一方、 “stop”や “flight”局面における急激な資本流入の減少や 資本流出の増大が、資産価格の低下、信用収縮を増幅した。

国際資本フローの決定要因の分析では、Calvo et al. (1993)によって定式化されたプッシュ要因(push factor)とプル要因(pull factor)による分析が多く行われている。 プッシュ要因は、資本供給サイドの対外的な要因を意味し、これには、世界的なリスク回避度、先進国の経済成長率、金利、過剰流動性などが含まれる。一方、プッシュ要因は、 資本需要サイドの国内的要因を意味し、これには、受入国の経済成長率、金利、財政収支、経常収支、対外債務、外貨準備などの循環的な要因に加え、貿易開放度、資本開放度、 為替相場制度、金融発展の程度、政治的・制度的な質など構造的な要因が含まれる。

前掲のForbes and Warnock (2012)は、“stop”や“retrenchment”の局面では、プッシュ要因である世界的なリスク回避度が有意となる一方、国内要因は有意ではないことを示した。

同様に、Fratzscher (2012)は、Emerging Portfolio Fund Research(EPFR)の 2005年10月~2010年11月までの50か国の週次データに基づき、世界金融危機とその後の“retrenchment” において、リーマン・ブラザーズの破綻などのイベント、世界的な流動性、リスク回避度といったプッシュ要因が主要因であるが、その程度は国内機関の質、カントリー・リスク、 国内マクロ経済の状況に依存し、国家間で効果が異なることを示した。

これらの結果は、危機の際にはプッシュ要因が重要となるが、危機の程度やその他の時期にはプル要因が重要であるというように、プッシュ要因とプル要因の相対的重要性が 通時的に変化することを意味する。



関連キーワード: 国際資本フロー、プッシュ要因、プル要因

参考文献:

Calvo, G. A., Leiderman, L. and Reinhart, C. M. 1993. Capital inflows and real exchange rate appreciation in Latin America: The role of external factors. IMF Staff Papers 40(1), 108-151.

Forbes, K. J., and Warnock, F.E. 2012. Capital flow waves: surges, stops, flight, and retrenchment. Journal of International Economics 88(2), 235-251.

Fratzscher, M. 2012. Capital flows, push versus pull factors and the global financial crisis. Journal of International Economics 88(2), 341-356.


 


通貨代替は実質為替相場にどのような影響を与えるか?

文責: 熊本 方雄


ある国でその国の法定通貨以外の通貨が支払手段として用いられる現象は通貨代替(currency substitution)と呼ばれ、マクロ経済が不安定である国、とりわけ過去において 高いインフレ率を経験した発展途上国や体制移行国などで観察される。

これまで、通貨代替が国内経済にどのような影響を与えるかについて、多くの研究が行われてきたが、その論点の一つに、通貨代替が実質為替相場にどのような影響を与えるか という点がある。

Calvo and Rodriguez (1977)は、貿易財と非貿易財の2財からなり、債券が存在しない経済を想定し、自国の貨幣成長率の上昇は、実質為替相場の減価をもたらすことを示した。 自国の貨幣成長率の上昇により、自国のインフレ率が上昇するとき、消費者は外国通貨の保有比率を増大させようとする。このとき、外国通貨が唯一の国際的に取引される資産 であるため、外国通貨の保有を増大させるには、貿易収支が黒字になる必要があり、その結果、実質為替相場は減価する。

一方、Liviatan (1981)は、同様のモデルを用いて、自国の貨幣成長率の上昇は実質為替相場の増価をもたらすことを示した。

これらの結果の違いは、貨幣需要関数の定式化にある。Calvo and Rodriguez (1977)では、自国通貨と外国通貨の間に代替性が存在することが想定されているのに対し、Liviatan (1981)では、自国通貨と外国通貨は、自国通貨と外国通貨からなる「複合通貨(composite money)」の一定割合として、保有されることが想定されている。したがって、Liviatan (1981)では、貨幣成長率の上昇(インフレ率の上昇)により、複合通貨に対する需要が減少し、このため貿易収支が赤字となるように実質為替相場が増価するのである。

Végh (2013)は、これらの議論を整理し、貨幣成長率の上昇が実質為替相場に与える影響は、自国通貨と外国通貨間の代替の弾力性と、消費と流動性サービス間の代替の弾力性の 相対的な大きさに依存することを示し、前者の方が大きければ、Liviatan (1981)のように貨幣成長率の上昇は、実質為替相場の増価をもたらし、一方、後者が大きければ、 Calvo and Rodriguez、 (1977)のように、実質為替相場の減価をもたらすことを示した。



関連キーワード:通貨代替、実質為替相場

参考文献:

Calvo, G. A., and Rodrigues, C.A. 1977. A model of exchange rate determination under currency substitution and rational expectations. Journal of Political Economy 85(3), 617-626.

Liviatan, N. 1981. Monetary expansion and real exchange rate dynamics. Journal of Political Economy 89(6), 1218-1227.

Végh, C. A. 2013. Open Economy Macroeconomics in Developing Countries, Cambridge, Mass.: MIT Press.


 


通貨代替は名目為替相場にどのような影響を与えるか?

文責: 熊本 方雄


ある国でその国の法定通貨以外の通貨が支払手段として用いられる現象は通貨代替(currency substitution)と呼ばれ、マクロ経済が不安定である国、とりわけ過去に おいて高いインフレ率を経験した発展途上国や体制移行国などで観察される。

これまで、通貨代替が国内経済にどのような影響を与えるかについて、多くの研究が行われてきたが、その論点の一つに、通貨代替が名目為替相場にどのような影響を 与えるかという点がある。

Kareken and Wallace(1981)は世代重複モデルを用いて、自国通貨と外国通貨が完全代替の場合、為替相場に非決定性の問題が生じることを示した。これは、名目為替相場が 購買力平価式で決定されるとき、自国通貨と外国通貨が不完全代替であれば、自国と外国の物価水準が、自国と外国の貨幣市場の均衡式から内生的に決まるため、 名目為替相場は一意に定まるが、完全代替の下では、自国と外国の貨幣市場が統合されるため、自国と外国の物価水準が一意に定まらないことに起因している。

同様に、Isaac (1989)はポートフォリオ・バランス・モデルを用いて、自国通貨と外国通貨の代替性が高まるほど、名目為替相場のオーバーシューティングとアンダーシューティングの 程度が通貨代替の程度に依存することを示している。

また、Mahdavi and Kazemi (1996)は、cash-in-advanceモデルを用いて、代替性が高まるほど、名目為替相場はファンダメンタルズの変化に対してより感応的となり、 ボラティリティが高まること、および、不完全代替の下でも、為替相場がファンダメンタルズとは無関係の要因によって変化するという意味において非決定的となることを示した。

以上より、通貨代替が進展すると、貨幣需要関数が不安定化するため、金融政策の変更といったわずかな経済ショックが自国通貨と外国通貨間の需要のシフトを生じさせ、 れが名目為替相場のボラティリティを高める可能性があることがわかる。



関連キーワード: 通貨代替、ポートフォリオ・バランス・モデル、cash-in-advanceモデル

参考文献:

Isaac, A.G. 1989. Exchange rate volatility and currency substitution. Journal of International Money and Finance 8(2), 277-284.

Kareken, J., and Wallace, N. 1981. On the indeterminacy of equilibrium exchange rates.Quarterly Journal of Economics 96(2), 207-222.

Mahdavi, M., and Kazemi, H.B. 1996. Indeterminacy and volatility of exchange rates under imperfect currency substitution. Economic Inquiry, 34(1), 168-181.


 

▲ このページのトップへ戻る