一橋大学経営管理研究科 ファイナンス研究センター

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CSRは企業にどのような影響をもたらすのか?

文責: 安田 行宏


近年、CSR(Corporate Social Responsibility)活動への関心が特に高まっている。環境保全への世界的な関心の高まりや、機関投資家のCSR活動への評価の高まりなどを背景に、株主のみならず社会に対して企業はどのように向き合うべきかが改めて問われているのである。

CSR活動に対する見方は大きく二つに分けることができる。一つは、企業はもっぱら株主にのみ目を向けるべきであり、CSR活動はいわゆるエージェンシー・コストを発生させるものであるとする見方である。 言い換えると、Berle and Means (1932)に始まる株主価値最大化を図る活動ではなく、むしろCSR活動はエージェンシー問題の結果であるという考え方に立つ(Agency viewという)。 もう一つは、CSR活動は株主価値最大化と両立し得るものであり、広くステークホールダーを対象に経済的価値を生むという見方である(Shareholder viewという)。これらいずれかの見方がより説得的かは実証的課題であり、数多くの研究が近年データ利用可能性の向上と相まって蓄積されている。

El Ghoul et al. (2012) は、当該分野の実証研究において標準的な指標として用いられるKLD社が作成・公表しているCSRスコアを用いて、CSR活動が資本市場においてどのように評価されているのかを実証的に検証している。 1992年から2007年までの米国企業を対象に大規模な総計12915のサンプル数を用いて検証を行っている。この論文の分析結果としてCSRスコアが高い(CSR活動の評価が高い)ほど総じて資本コストが低いことを実証的に示すとともに、CSRの活動内容別の分析を併せて行っている。 例えば、従業員との関係、環境政策、製品の品質に関するCSR活動は資本コストを低下させる一方で、タバコや原発関連の企業についてはその限りではないことを実証的に示している。

Ferrell (2016)は、1999年から2011年の期間を対象に約25000社におよぶグローバルデータに基づき、Agency viewとShareholder viewについて包括的に検証している。Ferrell (2016)によると、 CSR活動とエージェンシー問題と関連するという実証結果は得られず(つまり、Agency viewではなく)、CSR活動はいわゆる優れたガバナンスと関連する(Shareholder viewを支持する)という見方を支持する実証結果を得ている。



関連キーワード: CSR、エージェンシー・コスト、エージェンシー問題

参考文献:

El Ghoul, S., Guedhami, O., Kwok. C.C.Y., and Mishra, D.R. 2011. Does corporate social responsibility affect the cost of capital? Journal of Banking and Finance 35, 2388-2406.

Ferrell, A., Liang, H., and Renneboog, L. 2016. Socially responsible firms. Journal of Financial Economics 122, 585-606.


 


企業のCSR活動の効果 -CSR活動は偽善的行為か?-

文責: 野口 翔右


近年、企業が収益だけでなく社会的責任(CSR: corporate social responsibility)も問われる場面が増えてきている。実際にEU圏ではCSR活動に関するレポートの提出が企業に義務付けられており、日本でもCSR報告書を提出する企業が徐々に増えている。 しかし、CSR活動そのものは企業の利益に直接結びつかないことから、株式会社は株主価値最大化を目指して行動するべきである、という従来のコーポレート・ガバナンス論の主張に相反しているように思える。それではなぜ企業はCSR活動を行うのだろうか。 この疑問に対して示唆を与える学術的な研究を以下で紹介する。

CSR活動が間接的に株主価値最大化につながることを示した研究としてDeng et al.(2013)とLins et al.(2017)があげられる。 Denget al.(2013)は、株主以外のステークホルダー(従業員や顧客等)を利するような行動を取っている企業ほど彼らからのサポートを得やすくなるため最終的には自社の利益につながり株主価値最大化を達成しやすくなるとことをM&Aの事例を用いて実証的に示した。 一方Linset al.(2017)は、CSR活動を信頼の獲得のための投資と位置付け、2008-2009年の世界金融危機のような企業や市場に対する信頼が揺らぐようなイベントが発生した時CSR活動を積極的に行っている企業ほど高いリターンを獲得していたことを示した。 これらの研究はCSR活動が間接的に株主価値の向上に貢献することを示したものと解釈できる。

また、Ferrell et al.(2016)は、どのような特性を持つ企業がCSR活動を行う傾向にあるかを実証分析し、ガバナンスがよく行われている企業ほどCSR活動を行っていることを示した。この結果は、CSR活動をエージェンシー問題の一例として批判するような従来のコーポレート・ガバナンス論の主張を否定するものである。

以上の研究結果をまとめると、CSR活動は間接的に企業価値の向上に貢献し、よく規律付けされた企業ほどCSR活動を積極的に行うということになる。



関連キーワード: CSR,コーポレート・ガバナンス,エージェンシー問題

参考文献:

Deng, X., Kang, J. K., and Low, B. S. 2013. Corporate social responsibility and stakeholder value maximization: Evidence from mergers. Journal of financial Economics, 110(1), 87-109.

Ferrell, A., Liang, H., and Renneboog, L. 2016. Socially responsible firms. Journal of Financial Economics, 122(3), 585-606.

Lins, K. V., Servaes, H., and Tamayo, A. 2017. Social capital, trust, and firm performance: The value of corporate social responsibility during the financial crisis. The Journal of Finance, 72(4), 1785-1824.


 


取締役会によるモニタリングは企業価値向上をもたらすか?

文責: 今仁 裕輔


取締役会には様々な役割が期待されるが、代表的なものとしてモニタリング機能とアドバイス機能が挙げられる。モニタリング機能とは、取締役会が株主の代理人として、株主価値の毀損につながるような経営者の裁量的行動を防ぐために監視する役割のことである。 一方、アドバイス機能とは、企業の経営戦略上重要な意思決定について助言を行う役割のことである。

Adams & Ferreira (2007)はこの二つの役割が代替的関係となりうる可能性を示した。経営者は取締役会に情報提供を行うことで、より有用なアドバイスを受けることができる。 一方、経営者は情報提供を行うことで、取締役会からより厳しいモニタリングを受けることになる。結果として、経営者はモニタリング能力の高い取締役会に対して自社の情報提供を正確に行わず、より良いアドバイスを諦めるインセンティブが存在することになる。

上記の議論から、モニタリング能力の向上は、モニタリング能力を必要とする企業にとっては企業価値の向上につながる一方、アドバイス能力を必要とする企業にとっては企業価値の毀損につながる可能性が示唆される。 Faleye, Hoitash, & Hoitash(2011)は上記の仮説を実証分析し、「多角化・大規模・高レバレッジ」という特性を持つ企業にとってはアドバイス能力が重要であり、こうした企業にとって取締役会のモニタリング能力の上昇は企業価値にマイナスの影響を与えることを示している。

これらの分析の課題は、「アドバイス能力が必要な企業」の定義である。Coles, Daniel, & Naveen(2008)では、アドバイスが必要な企業の特性として「R&D投資額が多い企業」を用いて分析を行い、アドバイスの必要性に応じて社外取締役が企業価値に与える影響が異なることを示した。

日本では2015年にコーポレートガバナンス・コードの施行が開始した。同コードは「企業価値の中長期的向上」「企業のリスクテイク促進」を目的として掲げ、各企業は取締役会の独立性向上が求められている。 こうした取締役会改革が実を結ばない可能性を上記の先行研究は示しており、今後の実証研究・政策評価の蓄積が待たれる。



関連キーワード: コーポレートガバナンス、モニタリング、ボード・ストラクチャー、エージェンシー理論

参考文献:

Adams, R. B., and Ferreira, D. 2007. A theory of friendly boards. The Journal of Finance 62(1), 217-250.

Coles, J. L., Daniel, N. D., and Naveen, L. 2008. Boards: Does one size fit all? Journal of Financial Economics 87(2), 329-356.

Faleye, O., Hoitash, R., and Hoitash, U. 2011. The costs of intense board monitoring. Journal of Financial Economics 101(1), 160-181.


 


障害者雇用の推進-米国と日本の違いについて

文責: 今仁 裕輔


CSR活動への関心が高まるにつれて、企業の障害者雇用への取組にもより注目が集まっている。障害者雇用は企業の自発的な活動といった側面もあるが、一方で障害者の雇用機会均等化観点から、多くの国で障害者雇用を促進するための法制度が定められている。

日本では1976年に導入された障害者雇用率制度により、障害者の雇用機会の確保が図られている。同制度は一定数以上の従業員を雇用している企業に、法定雇用率を上回る障害者の雇用が求められている。 この制度の特徴は、法定雇用率を上回ることで、調整金の名目で補助金が支給される一方、法定雇用率を満たさない場合には納付金を納める必要があるという金銭的なインセンティブが付随する点にある。 一方アメリカではAmericans with Disabilities Act(以下ADA)が同様の役割を担っている。この制度は障害者に対する雇用・解雇・待遇その他あらゆる面において差別を禁止している点に特徴がある。

Acemoglu & Angrist(2001)はアメリカのADAが障害者雇用促進の役割を果たしているかを、理論・実証の両面から分析している。ADAが施行開始されたのは1990年だが、施行以降2000年までに障害者の雇用率は低下傾向にあることが統計データから確認されていた。 その背景には、ADAに伴う企業の負担コストが過度に大きいことが指摘されている。彼らの理論モデルでは、ADAによる同一賃金の保証が障害者雇用水準を下げうること、 解雇したことで訴訟されることのコストが雇用を避けることで訴訟されるコストよりも大きい場合には障害者雇用水準を下げうることを指摘している。実証分析の結果、統計データが示す結果と同様に、ADAが障害者雇用率の低下を招いていることを示している。

一方Mori & Sakamoto(2018)は日本の障害者雇用率制度を対象に分析を行っている。障害者雇用率制度に対しては、経営者は納付金を支払うことで法定雇用率を下回る水準に留めることが許容されるためという批判も存在する。 実証の結果、ADAとは異なり、同制度は障害者雇用の促進につながるという分析を示している。この結果は、同制度で定められている調整金・納付金などの金銭的インセンティブが機能していることを示唆している。また同分析は、 障害者雇用により企業の収益性が低下する結果は確認されなかったことも報告している。



関連キーワード: コーポレートガバナンス、CSR CSR

参考文献:

Acemoglu, D., and Angrist, J. D. 2001. Consequences of employment protection? The case of the Americans with Disabilities Act. Journal of Political Economy 109(5), 915–957.

Mori, Y., and Sakamoto, N. 2018. Economic consequences of employment quota system for disabled people: Evidence from a regression discontinuity design in Japan. Journal of the Japanese and International Economies 48, 1–14.


 


信用金庫のガバナンス構造とはどのようなものか?

文責: 山田 佳美


日本では預貸業務を主な業務とする金融仲介機関には銀行の他に協同組織金融機関が存在し、その一つが信用金庫である。信用金庫は会員の相互扶助を目的とした非営利の法人である。 一定の条件を満たす個人または法人が信用金庫に出資金の申し込みを行い、信用金庫が承諾した場合に会員になることができる。この会員の代表者により総会または総代会が構成されることになる。なお現在、ほぼ全ての信用金庫が総代会を行っている。 総会または総代会は理事・監事の選任等の重要事項を決議する最高意思決定機関であり、信用金庫の所有者の代表として、経営者である理事会を牽制する機能を有するのである。

しかし、総会または総代会のメンバーは、理事会が委属した選考委員会により候補者が選ばれ、理事長が所定の手続きを経て委嘱する。そのため、総会または総代会による理事会(経営者)のコントロールは機能しにくい。 また、理事会について職員出身の理事が理事会の多数を占めているということもあり、ガバナンスが十分に機能していない可能性がある。家森・冨村(2008)は理事会へのガバナンス機能として監事の役割が大きくなりつつあり、近年では監事の存在が保守的な経営を促していることを示している。 茶野・筒井(2017)は監事を積極的に登用している信用金庫ほど効率性が高いことを示している。また、外部出身者が理事会メンバーに加わっておらず、理事全員が職員出身の理事である信用金庫は効率性が低いことも示している。

ガバナンスの視点から、理事会の規模に関する研究を行ったのが家森・冨村・播磨谷(2008)である。彼らは、資産規模や貸出規模が大きい信用金庫ほど、理事会の規模が大きいことを示唆した。一方、理事会の規模が信用金庫の収益性に与える影響については統計的に示唆されなかった。



関連キーワード: 金融仲介機関、信用金庫

参考文献:

茶野努・筒井義郎. 2017.「信用金庫の従業員主権的なガバナンス構造は効率性にどのように影響するか」『金融経済研究』39,1-14.

家森信善・冨村圭・播磨谷構三. 2008. 「協同組織金融機関のガバナンス改革 ―信用金庫の理事会規模と経営パフォーマンス―」RIETI 08 -J-044.

家森信善・冨村圭. 2008. 「信用金庫のガバナンスと役員構成―非常勤理事と監事の役割の比較を中心に―」『生活経済学研究』28,15-25.


 

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