一橋大学商学研究科 ファイナンス研究センター

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ぜいたくな生活はやめられない:資産価格モデルの成功の秘訣

文責: 高見澤秀幸


現在主流となっている資産価格モデルは、次の3つのタイプに分けることができる:①消費習慣を考慮したモデル、②期待消費成長率に不確実性を導入したモデル、③消費成長率の急落を許容したモデル。 ここでは、Campbell and Cochrane (CC) (1999) の提案したタイプ①のモデルを紹介するとともに、先行モデルと比べたときの利点を挙げる。

タイプ①に共通する特徴は、消費者の効用の源を消費水準そのものにではなく、過去の消費水準(消費習慣)から上乗せされた消費分に求めていることである。CCは、この上乗せ消費分を通常の冪効用関数に導入することによって、消費成長率の変動を大きくすることなく、 異時点間の限界代替率(ファイナンスの分野では確率的割引率とも呼ばれる)の変動を大きくすることに成功した。CCモデルの確率的割引率は、消費成長率の他に上乗せ消費の変化率にも依存する。 この上乗せ消費は、消費水準に比べて大きく変動する(その直感は、上乗せ消費を純利益に、消費水準を売上高に例えれば分かり易いかもしれない)。確率的割引率が大きく変動すると、消費者はよりリスク回避的になり、 結果として高い株式リスクプレミアムが実現する。同時に、上乗せ消費の変動モデルに工夫を凝らすことによって、低い安全資産リターンも実現させることができる。このように、CCモデルはエクイティプレミアムやリスクフリーレートのパズルを解消したモデルである。

他のモデルと比べたときの、CCモデルの特徴は次の通りである:(1)離散時間モデル、(2)外生的な消費習慣、(3)上乗せ消費は差分。(1)の利点は、実データを用いた推定や検定が容易になることである。 (2)は、個々の消費者が制御できないところで形成される消費習慣を意味し(例えば社会の風潮や伝統がもたらす消費習慣)、モデルの自由度を高められる利点がある。一方、 (3)で上乗せ消費を差分ではなく比(今の消費は過去の習慣の何倍か)で与えると、安全資産リターンが過剰に変動するという問題が生じる。これらを踏まえて、Abel (1990) のモデルは、(1)と(2)はCCモデルと同様であるが、(3)が比になっている。 Constantinides (1990) のモデルは、(3)はCCモデルと同様であるが、(1)に連続時間、(2)に内生的な消費習慣を想定しており、実装や拡張の面で課題が残る。このように、CCモデルは先行モデルの問題点を大幅に改善しており、さらなる発展モデルの礎にもなっている。



関連キーワード: 消費習慣、リスクプレミアム・パズル、リスクフリーレート・パズル

参考文献:

Abel, A. B., 1990, Asset Prices under Habit Formation and Catching up with the Joneses, American Economic Review, 80(2), 38-42.

Campbell, J. Y., and J. H. Cochrane, 1999, By Force of Habit: A Consumption-Based Explanation of Aggregate Stock Market Behavior, Journal of Political Economy, 107(2), 205-251.

Constantinides, G. M., 1990, Habit Formation: A Resolution of the Equity Premium Puzzle, Journal of Political Economy, 98(3), 519-545.


 


パズル ~資産価格モデルに突き付けられた課題~

文責: 高見澤秀幸


世の中のあらゆる製品やサービスは、世に出る前に必ず何らかの品質チェックを受けている。例えば、医療行為というサービスは医師免許を持っている人のみ行うことができるが、その免許がチェックを受けた証である。 資産価格の理論モデルでは、品質チェックの項目が「パズル」として提唱されており、パズルを解けることが良いモデルの要件となっている。代表的なパズルを2つ取り上げる。

1.エクイティプレミアム・パズル
Mehra and Prescott (MP) (1985) は、標準的な資産価格モデルが米国データに裏付けられた次の3つの現象を同時に説明できないことをエクイティプレミアム・パズルと呼んだ。 その現象は、(1)消費成長率:平均1.8%、標準偏差3.6%、(2)安全資産リターン:インフレ分を考慮した実質で0.8%、(3)株式インデックスのリスクプレミアム:同6.2%。ここで標準的な資産価格モデルとは、 代表的消費者が時間分離可能で相対的リスク回避度が一定である効用関数を持つモデルのことである。このとき、現実的なリスク回避度を想定した上で、現象(1)と(2)を所与とすると、 モデルは極端に低いリスクプレミアムしか生成できず現象(3)を説明できない。あるいは、現象(1)と(3)を所与とすると、モデルは極端に高い安全資産リターンしか生成できず(2)を説明できない。

2.リスクフリーレート・パズル
Weil (1989) は、MPが用いた効用関数上のある制約を外しても、パズルは解決されないことを示した。その制約とは、異時点間の代替弾力性がリスク回避度の逆数に等しいことである。この制約のない効用関数では、 代替弾力性をリスク回避度とは独立に決められるため、より現実的な値にすることができる。しかし皮肉なことに、その自由度がもたらした帰結は、MPのモデルよりもさらに高い安全資産リターンであった。Weilは、この結果をリスクフリーレート・パズルと呼んだ。

このように2つのパズルは、実際に観測される消費成長率や資産市場リターンを統合的に説明することの困難さを物語っている。これらのパズルは、新しい資産価格モデルが提案されるたびに、その説明力をテストする項目として、いまだに利用され続けている。



関連キーワード:エクイティプレミアム・パズル、リスクフリーレート・パズル

参考文献:

Mehra, R., and Prescott, E.C. 1985. The equity premium: A puzzle. Journal of Monetary Economics, 15(2), 145-161.

Weil, P. 1989. The equity premium puzzle and the risk-free rate puzzle. Journal of Monetary Economics, 24(3), 401-421.


 


ベータ・アノマリーは存在するか?

文責: 平岩 拓也


近年、スマート・ベータ戦略やファクター投資への注目が高まっており、実務的にも学術的にも、異常リターンの源泉である様々なリスク・ファクターに注目が集められてきたといえる。その中でも、 ベータの低い証券へ積極的に投資することで異常リターンを獲得する「Betting-Against-Beta戦略(BAB戦略)」に強い関心が向けられている。

標準的な資本資産価格モデル(CAPM)が成立するのであれば、証券のベータの大きさに比例して期待リターンが決定されなければならない。しかし、実際に観察される証券のベータとリターンの関係は、標準的なCAPMが想定する証券市場線に比べてフラットであることが過去から指摘されている。 すなわち、ベータの低い証券が正のアルファを獲得する一方、ベータの低い証券は負のアルファを獲得している。このようなベータとアルファのシステマティックな関係は、ベータ・アノマリーとして知られている。BAB戦略は、 この関係を利用して、ベータの低い証券を買って、ベータの高い証券を売ることで、異常リターンを獲得する投資戦略である。Frazzini and Pedersen (2014)は、投資家の借入制約が存在するために証券市場線がフラットになり、 BAB戦略が正の異常リターンを獲得することを理論的に示したうえで、実際に様々な証券市場においてBAB戦略が有効に機能することも実証している。

しかし、このような異常リターンが、ベータの時間を通じた変動を適切に反映している可能性についても指摘されている。 Cederburg and O’Doherty (2016)は、条件付きCAPMが成立する状況、すなわち、CAPMの関係が各期ごとに変化する状況に着目している。このとき、通時的にベータが不変であるCAPMの関係が成立していると想定して実証を行った場合、 ポートフォリオのベータとマーケットの期待リターンやボラティリティにシステマティックな関係が見られると、アルファの推定にバイアスが生じることが指摘されている。 一方、ベータが時間を通じて変動する条件付きCAPMが成立していると想定して実証を行った場合には、BAB戦略から得られるアルファが消えることが示されている。この結果は、各期ごとに見ればベータ・アノマリーは存在せず、CAPMの関係が成立している可能性を示唆する。



関連キーワード:CAPM,ベータ・アノマリー,条件付きCAPM

参考文献:

Cederburg, S., and O’Doherty, M.S. 2016. Does it pay to bet against beta? On the conditional performance of the beta anomaly. The Journal of Finance, 71(2), 737-774.

Frazzini, A., and Pedersen, L.H. 2014. Betting against beta. Journal of Financial Economics, 111(1), 1-25.


 


企業間信用に関する情報は、株式リターンの予測に役立つか?

文責: 柳樂 明伸
安田 行宏


企業間信用に関する情報は、売り手・買い手の関係に留まらず、株式市場における外部の投資家にとっても、顧客企業の将来企業パフォーマンス、あるは株式リターンを予測するうえで有用かもしれない。

Goto et al. (2015)が論じるように、企業間信用が株式リターンの予測可能性に対して与える影響について、投資家が企業間信用の情報有用性について十分に注意を払っていないならば、企業間信用の利用に関する情報を用いることで株式リターンの予想が可能となるかもしれない。

Altas et al. (2012) 、Box et al.(2018)、Goto et al. (2015)、Hill et al. (2012)などがある。Altas et al. (2012) は、企業間信用は企業が投資家に向けたシグナルとして有用な情報であり、 企業間信用と、Z スコア、ROA、長期のアブノーマルリターンで測った企業投資の質に正の相関関係があることを実証的に確認している。Box et al. (2018)は、企業間信用の増加が売上高や利益率で表される業績パフォーマンスに正の関係をもつことを示している。 企業間信用は将来の業績パフォーマンスに対して有効であるだけでなく、将来の株式リターンを予測するうえでも有用である。Goto et al. (2015) は、企業間信用は、売り手(サプライヤー)の借り手企業に関する潜在的な成長可能性について私的情報を含んでおり、 株式リターンの予測に役立つことを実証的に明らかにしている。

Hill et al. (2012) は、企業間信用を供与する売り手(サプライヤー)の株式リターンの予測可能性を検証し、企業間信用を供与している企業の株式リターンは高いことを実証的に確認している。 このように企業間信用を用いた株式リターンの予測可能性は、企業の公開情報が直ちに株価へ反映されていない可能性を示している。



関連キーワード: 企業間信用、アブノーマルリターン

参考文献:

Aktas, N., Bodt, E,d. , Lobez, F., and Statnik, J-C., 2012, The Information Content of Trade Credit, Journal of Banking and Finance 36, 1402-1413.

Box, T., Davis, R., Hill, M., and Lawrey. C., 2018, Operating Performance and Aggressive Trade Credit Policies, Journal of Banking and Finance 89, 192-208.

Goto, S., Xiao, G., and Xu, Y., 2015, As Told by the Supplier: Trade Credit and the Cross Section of Stock Returns, Journal of Banking and Finance 60, 296-309.

Hill, M. D., Kelly, G. W., and Lockhart, B. G., 2012, Shareholder Returns from Supplying Trade Credit, Financial Management, 255-280.

 


選好の異質性とリスクプレミアム

文責: 平岩 拓也


資産価格理論やマクロ経済理論においては、経済に1人の消費者や投資家が存在するような代表的個人モデルを構成することが多い。この背景には、消費者や投資家は選好や制約に関して同質的な存在であり、 全体を集計すれば、あたかも1人の主体により経済が構成されているかのようにみなすことができるという仮定がある。しかし、実際の経済は異質な経済主体から構成されており、このような代表的個人モデルからは誤った結論が導かれる可能性も否めない。

Dumas (1989) は、資産価格と経済主体のリスク回避度に関する異質性の関係を示した最初の研究であり、選好の異なる経済主体の富の配分が資産価格の変動を特徴付けることを示している。近年では、Garleanu and Panageas (2015) は、 投資家のリスク選好を表すリスク回避度と、時間選好を表す異時点間の代替弾力性における異質性を考慮した産価格モデルを構築している。具体的にはEpstein-Zin型の効用関数を連続時間モデルにおいて表現するため Duffie and Epstein (1992) の確率微分効用を用いて、 リスク回避度と異時点間の代替弾力性が異なる2タイプの投資家が存在する経済における一般均衡を導いている。

このような選好の異質性を考慮したモデルから得られるインプリケーションは次の通りである。第1に、リスク回避度の異質性が存在する場合には、異なる主体の消費のシェアに応じて、リスクプレミアムが変動する。 第2に、証券市場で決定されるリスクの市場価格は、異なる主体のリスク回避度の加重平均に比例するとは限らず、さらには個々の主体のリスク回避度に比してかなり大きな値のリスクの市場価格が形成される。これは、個々の主体のリスク回避度がそれほど大きくない場合でも、 代表的個人モデルを用いてリスク回避度を測定した時に現実的でないリスク回避度が得られるエクイティプレミアムパズルを説明できることを示している。第3に、現実的なリスク回避度や異時点間の代替弾力性のパラメータの下では、 リスクプレミアムの変動が、主に安全利子率の変動から引き起こされるのではなく、危険資産の価格変動により引き起こされることも示されている。特に、リスク回避度と異時点間の代替弾力性を分離することによって、実際に観測されるような危険資産の大きな価格変動も説明できるとされている。



関連キーワード: リスク選好,リスク回避度,異時点間の代替弾力性,リスクプレミアム,エクイティプレミアムパズル

参考文献:

Duffie, D., and Epstein, L.G. 2013. Stochastic differential utility. Econometrica, 60(2), 353-394.

Dumas, B. 1989. Two-person dynamic equilibrium in the capital market. The Review of Financial Studies, 2(2), 157-188.

Garleanu, N., and Panageas, S. 2015. Young, old, conservative, and bold: The implications of heterogeneity and finite lives for asset pricing. Journal of Political Economy, 123(3), 670-685.


 


投資ファクター ~資産の増加した企業の株式リターンは低い?~

文責: 平岩 拓也


近年、ファクター投資への関心が急速に高まっており、実務的にも学術的にも、超過リターンの源泉である様々なリスク・ファクターに注目が集められてきたといえる。その中でも、比較的新しいファクターとして、 Fama and French(2015)の5ファクター・モデルに追加された収益性ファクターと投資ファクターが特に注目されている。

投資ファクターに関して、Cooper et al.(2008)は、総資産増加率が大きい企業ほど、次期の株式リターンが小さくなることを示している。また、設備投資の増加に限らず、他の現金以外の資産の増加も株式リターンに負の影響を与えており、 総資産増加による負のリターンは、これらの個別の資産増加要因による影響を除いた場合でも存在することが明らかにされている。 同様に、総資産増加の要因を資金調達手段によって分解した場合、各要因のリターンへの影響をコントロールした場合でも、総資産増加によって説明される負のリターンが存在することが示されている。

投資ファクターで説明される資産増加率とリターンの負の関係は、新古典派的な生産に基づいた資産価格理論に基づくと、収益性ファクターやバリューファクターの関係と整合的でないことが指摘されている。 Kogan and Papanikolaou(2013)は、企業の既存資産による生産と新たな投資機会を分離し、新たな投資機会への設備投資に固有の生産性ショックが発生すると、設備投資と株式リターンの負の関係、バリュー株効果、収益性プレミアムを同時に発生させることを、 カリブレーションによって示している。また、シミュレーション・データの実証結果が、実際のデータの実証結果と整合的であることも示している。これらの結果から、投資ファクターは、収益性ファクターやバリューファクターと背後のメカニズムを通して密接に関わっていることが示唆される。



関連キーワード: 5ファクター・モデル,投資ファクター,生産に基づいた資産価格理論

参考文献:

Cooper, M.J., Gulen, H., and Schill, M.J. 2008. Asset growth and the cross-section of stock returns. The Journal of Finance, 63(4), 1609-1651.

Kogan, L., and Papanikolaou, D. 2013. Firm characteristics and stock returns: The role of investment-specific shocks. The Review of Financial Studies, 26(11), 2718-2759.

Fama, E.F., and French, K.R. 2015. A five-factor asset pricing model. Journal of Financial Economics, 116(1), 1-22.


 


歪度と株式リターン

文責: 柳樂 明伸


平均・分散アプローチでは、投資家はリターンの二次までのモーメント、すなわちリターンの平均と分散を考慮して投資の意思決定をすると考えられている。これを拡張し、投資家がより高次のモーメントを考慮する場合、 資産価格の期待リターンがどのように決定されるのかを示したモデルとして、例えば、Kraus and Litzenberger(1976)は、投資家が三次のモーメントである歪度を考慮する場合、マーケットポートフォリオと個別資産の共歪度が資産価格リターンと負の関係を持つことを示している。

近年では、投資家の異質性を導入したモデルを用いて、資産の固有歪度とリターンの関係を示した研究がある。Mitton and Vorkink (2007)は、二次の効用関数を持つ投資家(traditional investor)と、 二次のモーメントに加えて歪度についても選好をもつ投資家(lotto investor)が存在する場合、固有歪度がリターンに影響をもたらすことを示した。traditional investorは平均と分散に基づき分散投資を行うのに対し、 lotto investorは個々の資産の固有歪度が増加すると分散化を行わず、歪度の高いものへと投資するため traditional investorのみが存在するときに比べ、十分な分散化が行われない。この結果、共歪度のみならず資産の固有歪度がリターンに影響を与えることになる。 また、Mitton and Vorkink (2007)は60、000人の投資家のポートフォリオを分析し、このモデルと整合的な結果が得られること、すなわち、分散化を行っていない投資家ほど、 ポートフォリオの歪度が高いことや三次のモーメントを考えたときの効率的ポートフォリオは二次までのモーメントを考えたときの効率的ポートフォリオとは異なることを示している。

また、バイアスもリターンの歪度が価格に影響を与える。プロスペクト理論によれば、人はより低い発生確率の事象を実際の発生確率よりも起こりやすいと考える傾向がある。 Barberis and Huang(2008)は、これに基づき、確率加重関数を考慮した場合の資産価格のモデルを提唱している。投資家が低い確率を過大評価しているときには、投資家は正の歪度を持つ株式をポートフォリオに組み入れることによって、 不十分な分散化されたポートフォリオを保有することとなる。正の歪度を持つ株式の株価は過大評価され、将来、負の異常リターンを発生させることを示している。



関連キーワード: プロスペクト理論,リスクプレミアム

参考文献:

Kraus, A., and Litzenberger, R. H. 1976. Skewness preference and the valuation of risk assets. The Journal of Finance 31(4) 1085-1100.

Mitton, T., and Vorkink, K. 2007. Equilibrium underdiversification and the preference for skewness. The Review of Financial Studies 20(4), 1255-1288.

Barberis, N., and Huang, M. 2008. Stocks as lotteries: The implications of probability weighting for security prices. American Economic Review 98(5), 2066-2100


 

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