一橋大学経営管理研究科 ファイナンス研究センター

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Jensenの予言―株式公開会社は「終焉」したか?

文責: 藤谷 涼佑


株式公開 (上場) にはどれほどの利点があるだろうか。資金提供者が負わなければならないリスクが分散され、企業は広く資金調達が可能になるため、株式公開は企業の発展に有用であると 議論されることが多い。しかし、Jensenは1989年のエッセイで、公開会社 (上場企業) は終焉 (eclipse) するという予言的な考察を提示している。株式公開には上述のような利点がある一方、 経営者が負わなければならないリスクに起因するエージェンシー問題と呼ばれる問題が生じることが知られている。Jensenは、 (米国) 企業はこのエージェンシー問題を解決するために、 株式公開を止めるあるいはそもそも株式公開しない選択肢を選ぶと予想し、これと整合的な証拠を報告した。しかし実際には、90年代中頃にかけて米国株式公開会社数は増加した。そこで、 Jensenの「株式公開の終焉」という予言が現実的に妥当であるかが問題となっている。これは、エージェンシー理論が現実をどれほど説明できるかという理論的な問題でもある。

Jensenの予言と整合的な結果が得られているとはいい難い。Doidge et al. (2017) とKahle and Stulz (2017) は、米国企業の長期データを用いて、その特徴の変化を分析している。 Doidge et al. (2017) は単純な記述統計量から、株式公開をしている米国企業数は、1996年にピーク (8,025企業) になり最新の分析期間にあたる2012年にかけて半分 (4,102企業) に なっていることを明らかにしている。また、国の経済状況を示すファンダメンタルズから予想される上場会社数と実際の上場会社数の差 (上場ギャップ) が、90年代後半には観察されなかったものの、 最近になって大きくなっていることを報告している。しかし、この結果は、合併によって産業の集中度が増加したことが大きな要因であり、非公開化 (delisting) は比較的小さな要因であると指摘 している。また、Kahle and Stulz (2017) は、配当と自己株式取得を合計したペイアウト比率が、近年にかけて増加していることを報告している。他にも、R&D投資の重要度が大きくなっているものの、 公開株式がその資金調達に適さない点を指摘している。

他には、Karolyi and Kim (2017) がアジア諸国を対象に同様の分析を行っている。米国とは異なり、アジア諸国では1990年代から2010年代にかけて、株式公開会社は8倍になっている。他方、アジア諸国の 企業のファンダメンタルズ (e.g., R&D投資の重要度、ペイアウト比率) は、米国企業と大きくは変わらないことがわかっている。このことから、米国で株式公開企業が大きく減少していることは、 ①エージェンシー問題によって説明することが難しく、②ファンダメンタルズの変化によって説明することも難しい、と結論づけている。Jensenの予言の妥当性を判断するためには、さらなる研究の 蓄積を待たなければならない。



関連キーワード: エージェンシー理論/問題、株式公開/上場、フリーキャッシュ・フロー仮説、配当、自己株式取得、ペイアウト、R&D

参考文献:

Doidge, C., Karolyi, G. A., and Stulz, R. M. 2017. The US listing gap. Journal of Financial Economics 123(3), 464-487.

Jensen, M. C. (1989). Eclipse of the public corporation. Harvard Business Review 67(5), 61-74.

Kahle, K. M., and Stulz, R. M. 2017. Is the US public corporation in trouble? The Journal of Economic Perspectives 31 (3), 67-88.

Karolyi, G. A., & Kim, D. 2017. Is the public corporation really in eclipse? Evidence from the Asia-Pacific. Asia-Pacific Journal of Financial Studies 46(1), 7-31.


 


会計処理の選択の違いによって経営者の意思決定が変わるのか?

文責: 藤谷 涼佑


企業や経営者は、自身が作成・報告する財務報告が原因となって、行動を変化させることがあるだろうか。伝統的な会計学の議論では、経営者による会計選択が自身の行動に影響を与えると想定されることはなかった。 しかし近年、リアル・エフェクトという視点から、その影響を観察しようとする研究が試みられてきた。これは、ディスクロージャーに関連するルールの作成・改訂が、企業の成長ひいては国の経済成長にどのような 影響を与えるかを考察する上で重要な研究テーマである。Jacksonらによる研究は、とくに減価償却の会計処理方法に注目し、その違いが経営者の行動に与える影響を検証している。
減価償却の会計処理方法の典型的な差異として、加速償却法と定額法が挙げられる。前者が後者に比べて、①早期に費用を多く計上し、②当該資産の簿価が小さくなる、という差異がある。②の差異は、任意の時点に おける定額法によって処理されている資産の簿価が、加速償却法による資産の簿価に比べて大きくなることを示唆している。このため、当該資産を取り替えなければならない状況では、その資産の売却による損失が大きく なる可能性が高い。経営者はこの影響を考慮して、定額法によって処理されている資産を処分する意思決定を渋ると考えられる。

また、メンタルアカウンティングと呼ばれる、会計情報の経営者心理への影響を議論する研究から、以下のことが明らかにされてきた。資産の簿価の規模は、当該資産が生み出す効用に関する経営者の予想に影響を与える。 具体的には、簿価の大きい資産ほど将来生み出す利得が高いと予想する傾向にある。このため、簿価が大きい資産を取り替えるインセンティブは小さくなると予想される。定額法は加速償却に比べて簿価が大きくなる傾向 にあるので、定額法を用いている経営者は当該資産を取替える意思決定を渋ると考えられる。以上の議論から、Jacksonらは、加速償却を適用している企業は、定額償却を適用している企業に比べてより規模の大きい設備投資 (取替え投資) を行うと予想した。

まずJackson (2008) は、MBAの学生を対象に実験を行い、予想と整合する証拠を報告している。またJackson et al. (2009) はアーカイバルデータを用いて、予想と整合する証拠を提示している。また、Nakano et al. (2010) はこの結果を一般化し、無条件保守主義をより適用している企業ほど、リスクテイク投資を行っていることを明らかにしている。これらの研究から、会計処理が簿価の値を経由して経営者心理に影響を与え、経営者行動を変化 させることがわかった。簿価を定期的に切り下げる会計処理が行われているほど、企業が積極的に投資を行うという可能性を示唆している。



関連キーワード: 財務報告、リアル・エフェクト、会計処理、減価償却、メンタルアカウンティング、無条件保守主義

参考文献:

Jackson, Scott B. 2008. The Effect of firms’ depreciation method choice on managers’ capital investment decisions. TAR, 83(2), 351-376.

Jackson, Scott B., Liu, X., and Cecchini, M. 2009. Economics consequences of firms’ depreciation method choice: Evidence from capital investments. JAE 48, 54-68.

Nakano, M., Otsubo, F., and Takasu, Y. 2014. Effects of accounting conservatism on corporate investmentlLevels, risk taking, and shareholder value. IMES Discussion Paper Series, No. 2014-E.


 


企業の株主所有構造はクロスボーダーM&A行動に影響を与えるか?

文責: 顔 菊馨


企業の合併と買収(以下M&A)行動は、企業価値に大きな影響を与える。特に、クロスボーダーM&Aを実行する意思決定は企業の経営戦略上においては非常に重要である。近年、 クロスボーダーM&Aは世界中に活発に行われている。それと同時に、企業の株主所有構造にも大きな変化が見られている。具体的には、機関投資家、特に外国人機関投資家の プレセンスは大きくなっている。こうした背景の下で、コーポレートガバナンスの視点からクロスボーダーのM&Aの影響要因を議論する研究は盛んに行われている。

Ferreira et al. (2010)は、被買収企業の株主所有構造に着目し、外国人機関投資家のプレセンスがクロスボーダーのM&Aの意思決定を促進するか、または抑制するかという 問題意識から国レベルの分析を行っている。彼らは異なる国の株式市場においては、外国人機関投資家の保有比率が高いほど、当該市場に上場している企業はクロスボーダー M&Aのターゲットになる可能性が大きく、逆に、国内機関投資家の保有比率が高いほど、当該市場に上場している企業はクロスボーダーM&Aのターゲットになる可能性が小さいこと を示している。また、この結果は株主保護などの法的制度が整備されておらず、相対的に発展していない国の市場においてはより明示的に観察される。さらに、Ferreira et al. (2010)では、買収企業と被買収企業の両方において外国人機関投資家のプレセンスが大きいほど、クロスボーダーM&Aの発生比率が大きいことが示されている。これらの結果は、 クロスボーダーM&Aにおいて、外国人機関投資家は情報の非対称性の緩和及び取引コストの軽減という役割を果たしており、クロスボーダーM&Aの促進に対して、国レベルのガバナンス と外国人機関投資家のプレセンスは代替関係にあることを示唆している。

一方、Andriosopoulos and Yang (2015)は買収側企業の株主所有構造に注目し、海外機関投資家の保有比率が高い企業であるほど、より大規模なクロスボーダーM&Aを行う傾向にある ことを示しており、Ferreira et al. (2010)を裏付けている。

このように、株主所有構造は企業のクロスボーダーM&A行動に重要な影響を与えているといえる。今後の課題として、機関投資家以外の株主、例えば、政府や個人投資家の保有比率が クロスボーダーM&Aに与える影響や、異なるタイプの株主の保有比率の変化がクロスボーダーM&Aに与える影響の分析が挙げられる。さらに、日本においても、2000年代半ばから クロスボーダーM&Aが急増している。日本のクロスボーダーM&Aの動向と企業所有構造の変化との関連についてもさらなる検討が必要であると考えられる。



関連キーワード:M&A、株主所有構造、コーポレートガバナンス

参考文献:

Andriosopoulos, D., and Yang, S. 2015. The impact of institutional investors on mergers and acquisitions in the United Kingdom. Journal of Banking & Finance, 50, 547-561.

Ferreira, M.A., Massa, M., Matos, P., 2010. Shareholders at the gate? Institutional investors and cross-border mergers and acquisitions. Review of Financial Studies 23 (2), 601–644.


 


企業金融における担保の役割

文責: 野口 翔右


企業金融の研究では、担保の役割は、主として情報の非対称性を解消することにあると考えられている。ここでの情報の非対称性とは、契約の前段階において借手の返済可能性が高いかどうかを貸手が 把握できない逆選択問題と、契約後に借手が経営努力を怠る可能性があるというモラルハザード問題の二つに分けられる。以下では、これらの理論が実際の借入契約における担保の利用の実態と整合的 であるかを分析した研究を紹介する。

Jimenez et al.(2006)は、どのような企業が担保を用いる傾向にあるかをスペインのデータを用い分析した。その結果、企業の質が事前にわからない場合、質の高い企業ほど多くの担保を用いていること を示した。この結果は、担保によって質の高い企業を選別でき、逆選択問題が解消されていることを示唆している。

Cerqueiro et al.(2016)は、担保の存在が銀行行動にどのような影響を及ぼすのかについて、スウェーデンの法改正を用いて分析をした。その結果、担保価値の減少は貸出金利を上昇させ、また銀行に よるモニタリングの頻度を減少させることを示した。この結果は、担保が借入契約後のモラルハザードを抑制し、また、銀行のモニタリングを促進することを示しており、既存の理論と整合的である。

しかし、担保が情報の非対称性の緩和手段であるとして、実態として中小企業は担保となる資産を用意すること自体が困難であり、仮に有望な投資案件を有していても資金制約に直面する可能性がある。 このような非効率的な状況を克服するためにリレーションシップ型貸出が注目されている。しかし、Voordeckers and Steijvers(2006)は、銀行との関係が深いほど担保が要求されやすくなることを示して おり、これは、借手が他の銀行からの借入が出来ないようにメインバンクが予め多くの担保を確保しようとすることを意味する。つまり、リレーションシップ型貸出の長所としての情報の非対称性の緩和が、 短所としてのホールドアップ問題に打ち消された結果として担保が要求されやすくなるのである。

日本でも2003年から金融庁によってリレーションシップ型貸出が推奨されているが、これらの効果について担保およびそれに伴う資金制約性という側面からも検討されなければならないことが示唆される。



関連キーワード: 担保、企業金融、情報の非対称性、逆選択問題、モラルハザード

参考文献:

Cerqueiro, G., Ongena, S., and Roszbach, K. 2016. Collateralization, bank loan rates, and monitoring. The Journal of Finance, 71(3), 1295-1322.

Jimenez, G., Salas, V., and Saurina, J. 2006. Determinants of collateral. Journal of financial economics, 81(2), 255-281.

Voordeckers, W., and Steijvers, T. 2006. Business collateral and personal commitments in SME lending. Journal of Banking & Finance, 30(11), 3067-3086.


 


上場していることは投資にどのような影響をもたらすか?

文責: 安田 行宏


Asker et al. (2015) は、上場していること(Listing status)は経営者にショートターミニズムのプレッシャーを与えるため、長期的な視点にたった(実物) 投資が阻害される可能が考えられることを論じている。その上で具体的に、非公開企業 (private firms) を公開企業 (public firms) に対する仮想現実の ベンチマーク(参照点)として用いることでショートターミニズム(Short termism)の有無の検証を試みている。2002年から2010年の期間における米国企業を対象に、 非公開企業と公開企業の設備投資の対総資産比率を比較し、前者の方が平均的に高いことを実証的に示している。経済的なインパクトとしては、前者が7.5%で あるのに対して、後者が4.1%に留まることを示している。企業規模と業種に基づきマッチングしたサンプルのケースにおいても、前者は平均して6.8%であるの に対して、後者は3.7%という結果を得ている。

Stein (1989) では、企業の過小投資の程度は、一株当たり利益に対する株価の感応度に依存することが理論的に示されている。ここでいう株価の感応度とは、 投資家による企業の将来利益に対する期待が現在の利益水準の変化に対してどのくらい反応するかの程度のことを指す。したがって、この感応度が高いほど、 経営者は投資家の期待に影響を与えようとするインセンティブが高いことが示唆される。Asker et al. (2015) は、前述の分析に加えて、これと整合的な実証結果が 得られていることも示している。

他方で、Gilje and Taillard (2016) は、米国の天然ガス産業における74670件のプロジェクトレベルの投資の分析を行い、投資機会に対して非公開企業の方が 公開企業よりも感応度が低いことを実証的に確認し、公開企業の方が外部資金に容易にアクセスができることが感応度の違いを説明できると論じている。



関連キーワード: 公開企業、ショートターミズム

参考文献:

Asker, J., Farre-Mensa,J., and Ljungqvist, A. 2015. Corporate investment and stock market listing: A puzzle? Review of Financial Studies 28(2), 342-390.

Stein, J. C. 1989. Efficient capital markets, inefficient firms: A Model of myopic corporate behavior. Quarterly Journal of Economics 104, 655-669.

Gilje, P. G., and Taillard, J. 2016. Do public firms invest differently than private firms? Taking cues from the natural gas industry. Journal of Finance 71(4), 1733-1778.


 


上場は企業の会計情報の質にどのような影響を与えるのか?

文責: 安田 行宏


企業が上場する理由するメリットには、資金調達の選択肢の拡大、流動性の向上など様々な理由が考えられる。一方で、上場することで、制度的にも企業は一層の情報開示を 求められることになる。企業が上場しているか否かによって、いわゆる会計情報の質に対してどのような影響を与えるのかは学術的な課題である。会計情報の質の測り方は いろいろと考えられる。例えば、代表的なものとして、キャッシュフローと利益の差として定義される会計発生高(アクルーアル)が小さいほど質が高いと評価される。

上場していることが、会計情報の質に与える影響については、二つの仮説が知られている。一つ目は需要(demand)仮説である。この仮説によれば、上場企業の方がディスクロージャーに 積極的であり、訴訟リスクを回避するためにも、また、資本コストを低下させるためにも、会計情報の質を改善するインセンティブが高いと考える。こうした仮説を支持する実証結果を 得ているのが、Hope et al. (2013)などである。Hope et al. (2013) は、米国企業の大規模サンプルを分析対象とし、上場企業の方が、非上場企業よりも利益の質が高いことを実証的に 確認している。

もう一つの仮説が機会主義的行動(opportunistic behavior)仮説である。上場企業の方が投資家から一定水準以上の業績をあげることに対してのプレッシャーが強いため、会計発生高を 高めに評価するインセンティブが、非上場の企業よりも高いと考える仮説である。この仮説を支持する実証結果を得ているのが、Givoly et al. (2010)である。Givoly et al. (2010) は、 社債の公募発行をしている非上場企業と、社債の公募発行している上場企業を比較することで、上記のいずれの仮説が成立するかを検証している。いずれの場合も公募社債の発行を伴うため 公開企業であるが、株式上場の有無で分割して分析している点に特徴がある。Givoly et al. (2010) の実証結果によると、社債発行をしているが、株式は非上場企業の方が、上場企業よりも、 アクルーアルなどで測った会計情報の質が高いことから、機会主義的行動が支持されると論じている。

いずれの仮説がより説得的かについては、実証的課題として検証の蓄積が望まれている。



関連キーワード: 会計情報の質、アクルーアル、需要仮説、機会主義的行動仮説

参考文献:

Givoly, D, Hayn, C.K., and Kaz, S.P. 2010. Does public ownership of equity improve earnings quality? The Accounting Review 85 (1), 195-225.

Hope, O-K, Thomas, W.B., and Vyas D. 2013 Financial reporting quality of U.S. private and public firms. The Accounting Review 88(5), 1715-1742.


 

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